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家では昔から犬を飼っていた。
小学校2年生くらいのころ捨て犬を拾った姉が親に懇願して飼育を許された我が家初のペットは茶色い雑種犬だった。姉がマルと名付けた。
親父は最後まで反対で、親父に隠れて姉・僕・弟と母親とで裏庭の物置にて段ボールという暫定的住処に全長20センチにも満たない子犬(マル)を飼い、その献身的愛情についに折れた親父殿の許しが出て、おじいちゃんが得意のDIYで犬小屋をつくるというペット初飼育におけるステレオタイプな経験をした。

猫を飼おうという選択肢はハナからなかった。
というのは、隣の丸山さん宅で猫を10匹程買っており、庭に植えていたじーちゃん自慢の野菜や木花がよく被害にあっていたこともあり、家族は概ね反猫思想を共有していた。
かくいう僕も丸山さん家の前でひなたぼっこしていた白猫を「よしよし」と可愛がっていると、丸山さんの奥さんが家から颯爽と出てくるなり猫を抱きかかえ「きかんたろ(やんちゃ坊主)に何かされたんやろ?」と猫に話しかける姿を目の当たりにされて以来(当時僕は小学2,3年だった)反猫思想≒反丸山思想を持つようになった。

別に丸山さんをかばう訳じゃないけど、彼女はすごくコミュニケーションが下手な人だった。
うちの母親や2軒隣のアキちゃんとこのおばちゃんともその隣のター君とこのおばちゃんとも上手くいってなかった。近所付き合いというのがまるでダメな人だった。子供ながらに気味悪がっていたけど、どこかで「可哀想」と思っていた。彼女の顔を思い出そうとすると、軒先から体半分を除かせて唇右側だけを上げるアイロニックな笑顔が浮かんでしまう。近所の大人達が彼女を徹底的に攻撃したり無視したりすることはなかったけど、皆関わり合いたくないと思っていた。都会は人情をなくしたが田舎では今も生き続けているなんて幻想で、当然のことだけど人情のある都会もあれば、その逆もある。
いや、これは人情の問題ではなく、単に大人たちは近所という「和」を守ろうとしていて、それを乱す恐れのある不穏因子の存在を-意識的にせよ無意識的にせよ-拒絶していただけなのだろう。「和」の中では人情は上手く機能していた。こうやって書いていくと人情という言葉の響きが今までと違って聞こえる。何かしっくりこない。やっぱり幻想にすぎないのかな?

猫たちの不幸は和という表層的秩序を脅かす人間に飼育されている点にあった。
丸山さんちの猫は丸山さんちの猫というだけで近所から疎まれ、不遇な扱いを受けていた。
近所の家々が皆猫を飼わず犬を飼っていたのはそういう背景があったように思う。
つまり丸山さんちの猫を家の敷地内に入れないようにするための手段として犬を飼っていた。
皆大っぴらにはそう口にしなかったが、どこかそういう共通認識があったのだろう。
実際マルは猫が庭でごそごそやっていればよく吠えたし、アキちゃんとこもそうだった。
そういうわけで幼い僕の頭には犬=善、猫=悪という差別的二元論が貼り付いた。

それが大きくなるにつれ、猫の思い出が多くなってきた。
というより、いろんな場所に行くと必ず猫と会った。
それは野良犬と野良猫では圧倒的に野良猫の方が多いから、ってだけかもしらんけど。
危険な野良犬がウロウロしていたメキシコを除いては(でかくて黒くて怖かった)、行く先々での猫の思い出がある。
詳しくは書かないけど、僕は割と猫が寄ってきやすい体質らしい。
そんな体質があるのかどうかしらないけど、仲のいい猫好きに過去の猫体験を話すと
「それは間違いなく猫が寄ってきやすい体質だ」とのお墨付きをもらったのでそうしておく。
だってそういわれて悪い気はしない。
顔をさして「どちらかというと猫顔」という曖昧な評価を頂いてもどこかうれいしい。
やっぱそうかなぁ~、とニヤニヤしてしまう。
そんなこんなで今無性に猫が飼いたい。
こんなにペット飼育欲がでてきたのは初めてだ。
そのためにはペットOKの住処に引っ越さなくちゃならん。
まだまだ先は長そう。





とらちゃん的日常とらちゃん的日常
(2001/10)
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【2010/04/25 17:45】 | #[ 編集]















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