FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


彼が生まれて初めて本物の自動小銃を見たのはクアラルンプールのチャイナタウンから少し離れたところにある一軒のバーを出た2002年8月29日0:59分30秒で、生まれて初めて狙撃を受けたのがその「ちょうど」72秒後だった。

「5段くらい階段があるねんな。それ降りて、何となく時計見たら『あ、あとぴったし30秒で1時やん』て思ってん。それで覚えてるねん。」

そのとき僕たちがいたのはイスタンブールのバーだった。まだ冬の気配の残る2005年の3月の中ごろで、その日アジアサイドとヨーロッパサイドを結ぶ定期船の中で声をかけられ、飯を食べ、酒の席に誘われた。そこでこの、彼によれば「ちょっと癖の強い」話を聞いた。

「ほんでな、ほんまは『ちょうど』じゃないねん。72秒。銃こっち向けられて頭ん中真っ白なってな。もちろん比喩やで。ほんまは全然白くないねんけど、わからへん、完全にぶっとんでもうてん。無や、無。アタマおっつかへんねん。その時間が多分1秒ぐらいや。だからその1秒たして73秒後ってんのが正しいかもしらん。」

背の低い痩せた男と、背は低くはないけれどやはり痩せた男の2人組みだった。背の低い方が彼に銃を向けた。空白。その約1秒の空白の後彼の中で何かのスイッチが押された。のだと言う。

「たぶんな、ポチって誰か押しよってん。誰かいうても俺しかおらんけど。たぶん俺の知らん俺やな。ほんで気づいたら俺の知ってる方の俺が数数えてるねん。いち、に、さん、し、ご、ろく、って。向こうがな何か言ってきよんねん。金って単語が聞こえた。マニーってな。ほんで銃向けられてる状況でまさか足元金おちてるで、って教えてくれてるわけないやん?」

「まぁね。」

「そら『持ってるだけださんかい』言うとんねん。当たり前やわな。ほんで財布だそうとしてんけど、情けない話完全にかたまってんねん。がっちがちや。全然体うごかへん。動かさなとは思うけどな、どんだけやってもうごかへん。で、数だけ数えてる。」

72秒(もしくは73秒)というのは決して短い時間ではない。そういう状況で1分と12秒(もしくは13秒)という時間は永遠にも等しかった。しかしそれは彼が実際にやってのけたみたいに数字化できる時間で当然のことながら永遠ではなかった。その約1分と少しの時間彼の全神経は数を数えることにむけられた。少なくとも彼はそう感じた。

「防御本能みたいなものかな?危機的状況を直視する精神的負担を減らすためというか。」

「そうかもしらん。でも全然防御出来ていないけどな。だって撃たれてるし。」と言って彼は笑った。

強盗たちは硬直した人間を前に威嚇のつもりで、当てる気はなかったのかもしれない。もしくは発砲すらするつもりもなかったのかもしれない。彼の左手を銃弾がつらぬいたとき、彼は背は低くはないけれどやはり痩せた男(銃を持ってない方)が面倒くさそうな様子で背の低い方をグーで小突いたのを見た。

「ほんでちんたら歩いて向こういって…いつの間にか消えてたわ。」

「痛かった?」

「無粋な質問やわ。痛いのなんの、もうこの世のものとは思われへん、って言えたらええのになとは思うな。」

痛いには違いなかった。しかし彼はその痛みに集中できなかった。痛みに集中できなかった。血を失いながら意識も遠のいていく中で彼は必至に数を数えていた。銃声が0だ。カウントはリセットされた。それから1,2,3,4,5,6,7,8…


数日後彼は意識を取り戻し、退院し、心配で駆けつけた母親とともに帰国した。
大学に戻り残りの単位をとり、スーツを買い就職活動をし、食品を扱う比較的大きな専門商社に就職した。
ただ数を数えるという行為は止めることが出来なかった。

「自分が今そのタバコに火つけて今ちょうど220秒。221,ハイ今222、って具合や。どうやあってるか?」

「わかるわけない。」

彼は永遠と数えていくことができたが、秒数を重ね続けていくことはできなかった。どこかでリセットボタンが押されることになる。誰によって?もちろん彼によって。彼の知らない彼によって。僕がライターをこすったのが(その時の)一番最近のリセットだった。何がそのボタンとなり得るのか、彼にはそれが分からなかったし、コントロールすることもできなかった。なんと言ってもボタンを押す人間を彼は知らないだから。しかしそれは、朝の起床時を除けば完全に外部の音に起因することが割に早い段階でわかった。ドアの閉まる音。レンジの音。誰かのくしゃみの音。規則的な革靴の足音がぴたりと止んだ瞬間の無音。彼はそれまでより周囲の音に対して敏感になった。敏感にならざるをえなかった。

「そういう生活を常人が耐えることができるなんて信じられないな。」

「まぁ気持ちはわかるけどそれなりに耐えれてるからな。よう分からんけど、たぶん絶対音感の人みたいなもんちゃう?」

「それはまた違うだろう。」

「どこが?」

どこが?
分からない。僕はその簡単な質問に答えることが出来なかった。その2つの違いが明確に分からなかったのだ。僕はあらゆる物事を基点として数を数えてしまう人間でもないし、絶対音感を持った人間でもない。それにしても後悔した。俺はなんてばかげたことを言ってしまったのだろう。僕は僕の常人性を呪った。同時に少なからず感謝した。

彼は心でも読めるのだろうか。まさか。でも僕に向かってこう言った。

「ところで自分に一つ聞いときたいんやけど、常人って人種がほんまにこの世にいるって信じてるん?」

僕はまた答えることが出来なかった。









※追記

彼と出会ったとき僕は僕で個人的な問題の渦中にあり、今となってはこの記憶も不確かに思えるときがある。
というのもその1週間程前に僕は大量の睡眠薬を飲まされ、2日間意識を失い、眼が覚めてから4,5日は荒らされた胃のせいで食欲がわかず、混濁した意識に沈殿してしまう瞬間が日に何度か訪れた。それは言うまでもなく僕の人生において初めての経験だった。
だから彼との出会いは夢か、もしくは夢のようなものだったのではないかと思うことがある。
その一方確固たる形をもって彼と話した場面場面がよみがえることがある。
真っ先に思い出すのが彼の持ったグラスに書かれたアルファベットの羅列だ。EFESという地ビールの銘柄で、青文字で白く縁取られている。天井に無数に下がったランプ。一つとして同じ形はないがどれも丸みを帯びた逆三角形をしており出現すべき場所を間違えたつららのように見える。カウンターに座った白髪の老人と老人が吐き出すタバコの煙。僕がテーブルに置いたハイライトのパッケージ。聞きなれない国の聞きなれない言葉による笑い声と喧騒。
でも、どういうわけだか数を数え続けるという彼の顔は浮かんでこない。
彼は翌日少し南に行くのだと言い、そのバーをでてから僕たちは別れの挨拶をした。
もちろん二度と会うことはなかった。これからもないだろう。

本来、彼が話したこの「ちょっと癖の強い」話を信じる根拠も理由も僕には全くない、というのをここで断っておこう。
冷静に考えたら、彼の話をまともに信じ込む方がどうかしてる。それは認めざるを得ない。
にもかかわらず僕は彼の話に惹かれてしまうということを否定することは出来ない。

彼は言った。
「スイッチが入った瞬間が0。ほんでカウントが始まるのが1。だからその0から1にいく1秒間、そのたった1秒間に自分の生が一気に凝縮されてる気がする。特に眼が覚めたとき。眼が覚めた瞬間が0。眼を開けても開けなくても0。それで1秒後カウントがスタートする。その1秒が始まるのは恐い。ものすごい恐い。でもそこはカウントから開放されている唯一の時間でもあって、だからこそ何かしら触れがたい神聖性を持ってる、と感じてしまう。不安と安心、緊張と弛緩、苦痛と癒し、なんとでも言い換えることはできるけどな、希望と絶望ってのもくさいけど、まぁそうやからしゃあない。タコとイカってんのもいいな。実際なぜかタコとイカのことを考えることもある。なんでやろな?タコは不安の象徴か?イカが安心の象徴か?そんなん聞いたこともないやろ?こんなあほみたいなことが1秒間の世界で高速で俺の頭をつっきっていく。たった1秒やで。悲しい話俺はそこにしか生きている実感みたいなのを抱くことが出来ないでいる。」
スポンサーサイト



















管理者にだけ表示を許可する



| HOME |

Design by mi104c.
Copyright © 2018 ワルマネット2, All rights reserved.



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。