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大学1回生の夏休み(9月くらい、ああそうだ9月は休みなのだ…)に初めてアルバイトをした。
派遣の仕事で家電量販店でプリンターの販売というもので、時給が結構よく、毎週土曜日に尼崎のジョーシンまで行って、帰りは豊中のおばちゃん家に泊まってたらふく飯を食べ、日曜日はまた尼崎まで行って日曜の夜に京都まで帰ってきた。
福岡で同じ派遣会社に登録していた友人Tの勧めで登録した。Tの話によると、「ケータイのプロモーションをするだけ、と言っても実際ほとんどの仕事はピチピチの服着たドコモガールがやってくれるし、九州中を回れてもちろん交通費も出るしなにより給料がいい」とのことだったけど、残念ながら近畿内を回るどころか毎週兵庫県まで行かされて、ケータイではなく家庭用インクジェットプリンターを売らされ、だから隣にドコモガールどころか立っていたのは等身大の松浦亜弥のパネルだけだったけど、それなりに楽しかった。一度ウィングスタジアム横のヤマダ電機に行かされたときはキングカズがご来店。そんなにファンじゃないくせに「すごいオーラやったわ」と周りに吹いて回ったこともあった。白シャツにピンクのカーディガン着てたな。

そんなわけで初給料。
初めて自分で働いたお金。何に使おうかなと1週間くらい考えたけど、ふらっとロフトに入ってバーバパパのモグを買った。
ぬいぐるみ的なものに何か全然興味もなかったし、そんなかわいらしいモノが欲しいというわけじゃなかった。それには理由がある。ものすごく小さな。1.5mmボールペン並みの。

8月に帰省した時に前述Tの実家に泊まりに行ったのだけど、その時畳の上で全くおんなじバーバパパの人形(ぬいぐるみ?まぁどっちでもいい)を枕にして眠り込んでしまってそれがすごく気持ちよかった思い出があったからだ。
ちなみに普段はTの親父が枕代わりに使っていたらしい。
その話を聞いて、「じゃあちょっと使わせてくれ」と言って頭の下に敷いたらそのまんまぐっすり眠ってしまって、だからロフトで同じ人形見つけた時そういうことふと思い出して買ってしまったのだ。確か4000円くらいしたけど、まぁ一生の思い出になるだろうからいいかと思い切って買った。一生の思い出になるかどうかはわからないけど、とりあえず今のところまだ僕はそいつをベッドの上に置いている。

ところで、初めあんなに魅力的に感じた枕としての彼奴(バーバパパ)の魅力は購入して1ヶ月もしないうちに薄れていった。今ではテレビでおもしろい番組があったりすると、キャキャキャと笑う僕にぼこぼこに殴られるくらいの存在でしかないかわいそうなやつだけど、考えてみれば僕の5年目に入る一人暮らしの中のほとんどの生活シーンにいることになる。たまには枕にしてやるかな。

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3月の初めに修学旅行以来2回目となる上京(京都)は住む所を探すために失業中(!)の親父と2人で来た。覚えてることと言えば「がんばれお好み焼き」という看板をバスの中から見て「変なの」と思ったぐらいで後は親父と2人という気恥ずかしさがほとんどだった。

4月の初めに訪れた3度目の京都は当然ながら1人で来た。

京都駅から水で薄めたような浅いグリーンの市バスに乗って千本今出川にある不動産業者に向かった。「期待と不安が入り交じった」…そんな月並みな心情で。
堀川通沿いに植えられた桜の木は時期的に散りかけていたのかな。思い出そうとするとぼやける。白くぼんやりとした膜に包まれた印象派の絵のような風景の中に町家のイメージがちらついてしまうのは僕のノスタルジックがそうさせているのかもしれない。そう考えると日本人の憧憬はコマーシャリズムに無理矢理形成させられている気がするけど話ずれてくるから止めよう。

とにかくそうして不動産業者に行き、鍵をもらい、自分がこれから4年間を過ごすであろう(結局2年も経たないうちに引っ越すことになるけど)6畳一間のワンルームマンションを目指した。
千本今出川から千本通りを北に行くとそこはちょっとした商店街になっていて、それが新鮮だった。僕の地元のように地方都市の片田舎は車が生活の基盤にあって、「男はつらいよ」のような風景はほとんどない。逆説的だと言えば逆説的だ。シニカルな現状だ。だからこそ胸がときめいたのを覚えている。
マンションのある千本北大路近辺は小高い丘の頂上付近といった感じで、4階の僕の部屋の窓からは右大文字が遠くに見えて、ドアを開ければ左大文字がすぐ近くに見えた。「本当に京都にいるんだな。」それは不思議な感じだった。うまく現実にとけ込まそうとするのが難しかった。始まったばかりで、この土地での経験の集積がほとんどゼロだったからそれは当然のことなんだけど。

今思い出したけど、宮崎から伊丹に飛ぶ飛行機の中で僕は外人親子と席が同じだった。同じというか、前のシートには外人ペアレンツ、隣の2つのシートには外人キッズがいて、何やら英語でうるさいので、目の前のドラえもんの腹のようなシートポケットからいつ見ても変な形したイヤホンを取り出して飛行機のラジオ放送を聴いていると、くるりの「ロックンロール」が流れてきた。「進めビートはゆっくり刻む…」 今でもこの曲を聴くとそわそわする。その感じはきっと忘れては行けない類のものなんだと思う。そうは言っても確実に摩耗していくもので、今では随分細くなってしまったけど、まだ美しいままできちんと僕の中に居座っている。


たまには感傷に浸ってもいいじゃないか。
僕はグッドオールドデイズを思い懐かしんでたまに泣きたくなる痛いおセンチ野郎かもしれないけど、そこは見逃してくれよ。お願いしますよ。
大学時代の写真を見ていると、やっぱり胸が痛くなる。
広い森の中で根をはる場所を探して木を育てようとしてる今に比べると、それは夏の芝生のようなものだった。ゆらゆらと揺れてどこへも行けず、ただ青々と光っているような。
過ぎ去ってしまった日々を懐かしむことはどちらかと言うとマイナスに思われることが多い、と感じてしまう。「『一流』の人はそんなスノッブなことしませんよ」、という価値観が植え付けられているようにね。考え過ぎかもしれないけど、「お金持ちになる方法」云々という本を読んでる人たちは必ずそう信じ込んでいると考えて間違いないだろう。

そんなのじゃなくて、ただ単純にあの頃の友達は元気かな、テスト終わりにはあいつらと円町のフラッシュで大盛り上がりしてたな、夏休みの早朝の嵐山は気持ちよかったし、鴨川沿いをジョギンクしようと思ったけど結局1ヶ月ももたなかったな、スポ論でサッカーした時にサッカー経験者の本気の格好の中バスパンしか持ってなくて少し恥ずかしかったな、あそこのオムレツ屋いつか行こう行こう思ってたけど結局一回も行ってないな、あのアンパンおいしかったな、調子こいて夕暮れ時の鴨川で読書してたら暗くなるのが早くて全然読めなかったな、一人で下鴨神社行って「糺の森」って漢字全く読めなかったな、サマソニ行ったな、ヒッチハイクしたな、青春18で京都宮崎間4往復したな、鍋ルーレットで奇跡が起こったな、ゼミ大でスーパーカー使ったな、船岡温泉で石鹸忘れて隣のおっさんに貸してって言ったらものすごい嫌な顔されたな、素敵な自転車乗ってたな、とかそういうことやもん。それがスノッブと言われようが知ったことか。忘れたくない。

千本鞍馬口を西に入って船岡温泉に行って、さらさ西陣の前を通る度、「なんかいい感じの見た目やな」「入ってみたいな」「でも常連さんばっかりなんかな」とか思い悩んで、意を決して扉を開いて1杯の珈琲を頼んだ時、あの心のぶれ、初々しさと言うか田舎もん心情と言うか、高校生の頃学校をサボって喫茶店に一人で入って背伸びして珈琲を頼んで、ファミレスみたいにお替わり自由だと思ってたからお会計800円「えー!」ってビックリしたような、、、この先そう経験しないんだろう。はっきりと覚えてるもんな。どきどきしたもん。
今でこそ本当に珈琲も好きになったし、カフェに一人で入って本を読むなんてことに何の違和感や抵抗を感じることはないけれど、当時は本もろくに読まない、珈琲なんて甘くないとダメだったから無理せずに家でじっとしといてもよかったはずなんだけど、そうもいかない。どこかで必死に背伸びしてたんだな。ジャンプしたかったんだ。根岸君みたいだ。
若いな。そういう自分を素直にかわいく見れてしまうようになったのが、やっぱり少し寂しい。
よし、これから一つ一つ思い出していこう。少しでも覚えているうちに。
誰が見てなくてもいい。
でも個人的日記に書かずにここに書くということは、どこかで知ってもらいたいのかな。いい加減なもんだな。まぁいいや。


スカイタワー


僕の住むマンションの前には大きな動物園があってその敷地内にある東山スカイタワーという鉛筆のような形をしたタワーがある。
名古屋市内を車で走っていると結構離れたところからもそれはよく見える。
ツインタワーの51階からも遠くに霞んで見える。
すると少しほっとする自分がいる。
不思議なものだと思う。
僕に対して、ランドマークとしての己の働きをきちんと果たしてくれている。




随分前の話だけど、筑紫哲也氏が亡くなられた。
僕は彼のクラスをとってたわけじゃないけど、一回だけ特別講義にでたことがある。
NEWS23もろくに見てなかったくせにミーハーで。
応募した人が多くて第2教室でテレビ画面に映った彼の講義をスピーカーから聞いた。
どういうテーマで授業をされていたのかあまり覚えていない。
確か「ジャーナリズムと平和」とかそういう感じだったと思う。所詮ミーハーの記憶なんてこんなもんなんだろう。



でも一つだけはっきりと覚えていることは

「最近はテレビでもニュースでも授業でも『わかりやすい』ことが美徳とされているが、これは果たして如何なるものか。実際周りを見渡してみれば複雑でわかりにくいものがそのほとんどではないか。私たちはもう少しこの『わかりやすい』からの脱却を図るべきではないのか。」

と言う彼の姿だ。
録音もメモもしてるわけじゃないから文言は一字一句合っているわけではないけど、大まかに言えばこのようなことだ。
これは、こればかりは頭に貼りついた。
この先一生忘れることはないだろうな、と思った。
そんな決定力を持った言葉だった。

追悼番組で井上陽水が「最後のニュースを」歌っていた。
初めて聴いた曲だった。
冒頭から複雑な世界のシーンとシーンが交錯する歌詞。
そして、サビの「今あなたに Good Night」

完璧すぎた。何も言えれん。


でも風邪ひくとまた体弱いキャラになっちゃいそうだし、言っても羽毛布団は暖かいし、まぁベッドに入るか。

寝る前に何をかけようかというのがいつもの問題。
いや、これを聴きながら眠るぞと思いながらコンポの前に行くとそこで気が変わっちゃうことも多いから、「問題」とか言いながらべつに気にしちゃいない。
最近はBECKでおやすみ。
多分中2の頃お年玉でミニコンポ買って以来ほとんど毎日何か聴きながら寝てるから無音で眠るのが少し怖かったりする。
お化けとかそういうのじゃなくて。
そういうのもたまにあるけど。
無音って言ったけど無音じゃない。
冷蔵庫のブーンも車の走る音も、酷い時にはバカっぽいカップルの痴話げんかも聴こえてくる。
そうすると落ち着かなくなる。
街から仲間はずれにされているような、街の中に埋もれてしまっているようなよくわからないモヤモヤした気分が頭を覆う。
いつもじゃない。
でも嫌な気分にならないにこしたことをない。
だからたまにスピッツを入れたりする。
僕が唯一持っているスピッツのアルバム「ハチミツ」
小5の頃初めて買った3000円するCD。
お姉ちゃんがポータブルCDプレーヤーを持っててそれの奪い合い。
微笑ましいと言えないこともないな。
相変わらず着地は成り行きだけど、まぁいいや。悪くない。



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