FC2ブログ
ADMIN TITLE LIST
Selected category
All entries of this category were displayed below.

ポパイ


日曜日は朝5時出発で琵琶湖(旧彦根湖の辺り)にバス釣りに連れてってもらって、芸能人チキチキ釣り選手権での松っちゃんの言葉を借りれば小銭入れのようなバスを10匹とブルーギルを2匹釣って、肉そば食って、打ちっぱなしにつき合わされフォームをダメだしされ、雨の中原付で帰った後東京で働き始めた友達とスカイプで4時ごろまで喋って、最近のヘビーローテのジャンゴ・ラインハルトによるあま~いLa Merを聴きながらいつも間にか眠ってました。

ゴルフを始めることはないと思うけど(どうも興味が持てない)、釣りは、これはなかなかいいですね。
小学生の頃は放課後になると竿もって川へ行き、エサとなるミミズは現地調達したり、竿がなければ竹を取ってきて糸つけて簡易的な竹竿をこしらえて魚釣りに夢中になったもんです。ニジマスの釣堀行って自分で釣った魚のはらわたを取り除いてもって帰り、その日の夕食に調理してもらったりもしてました。
一度親父が海釣りに幸島(猿小島って呼んでた)の辺りに連れて行ってくれて、僕と弟でキスを数匹とふぐを一匹と名前がわからん赤い魚を一匹釣ってその場でバーベキューしたことがあります。もちろんふぐは手に負えなかったのでリリースしたけど。
潮が引いて猿小島に歩いて行けたし、野生の猿も芋洗ってたし、あれは今思えば楽しかったです。

しかしバス釣りというのは何故用語が横文字ばっかりなんでしょう?「ウィードに気をつけろ」って言われても何だかB級のスパイ映画みたい。ちなみに水草のことだそうです。世界史を習い始めた高校生のような気分です。


こんなこともありました。昨日の釣りの話。

釣りをする僕たちの後ろの藪から猫が2匹(三毛猫と白猫)現れて、誰かが魚をあげるのを今か今かと待ち構えていました。そんな姿を見せられると「よ~し、まっとれよ」と、何とか彼らにご馳走を献上したいと思ってこっちも燃えてきました。そのときちょうど、僕を釣りに連れてってくれたNさんがヒットし、魚を水からあげると三毛猫の方がダッシュで近づいてきました。でも手でつかむ前に魚がピョンと逃げてしまうと、猫は「はっ」とした表情を浮かべピタっとその場で動きを止めてしまいました。思わずNさんも猫に向かって「ごめ~ん」と言いました。すごくかわいそうなことをしたけど、トボトボともう1匹の方へ帰るその悲壮感たっぷりの後姿は愛らしいことこの上ないといった感じです。
ちなみにその後すぐ隣の男の子に当たりがきて、見事猫たちに魚をあげていました。よかったなドラ猫!

スポンサーサイト




彼が生まれて初めて本物の自動小銃を見たのはクアラルンプールのチャイナタウンから少し離れたところにある一軒のバーを出た2002年8月29日0:59分30秒で、生まれて初めて狙撃を受けたのがその「ちょうど」72秒後だった。

「5段くらい階段があるねんな。それ降りて、何となく時計見たら『あ、あとぴったし30秒で1時やん』て思ってん。それで覚えてるねん。」

そのとき僕たちがいたのはイスタンブールのバーだった。まだ冬の気配の残る2005年の3月の中ごろで、その日アジアサイドとヨーロッパサイドを結ぶ定期船の中で声をかけられ、飯を食べ、酒の席に誘われた。そこでこの、彼によれば「ちょっと癖の強い」話を聞いた。

「ほんでな、ほんまは『ちょうど』じゃないねん。72秒。銃こっち向けられて頭ん中真っ白なってな。もちろん比喩やで。ほんまは全然白くないねんけど、わからへん、完全にぶっとんでもうてん。無や、無。アタマおっつかへんねん。その時間が多分1秒ぐらいや。だからその1秒たして73秒後ってんのが正しいかもしらん。」

背の低い痩せた男と、背は低くはないけれどやはり痩せた男の2人組みだった。背の低い方が彼に銃を向けた。空白。その約1秒の空白の後彼の中で何かのスイッチが押された。のだと言う。

「たぶんな、ポチって誰か押しよってん。誰かいうても俺しかおらんけど。たぶん俺の知らん俺やな。ほんで気づいたら俺の知ってる方の俺が数数えてるねん。いち、に、さん、し、ご、ろく、って。向こうがな何か言ってきよんねん。金って単語が聞こえた。マニーってな。ほんで銃向けられてる状況でまさか足元金おちてるで、って教えてくれてるわけないやん?」

「まぁね。」

「そら『持ってるだけださんかい』言うとんねん。当たり前やわな。ほんで財布だそうとしてんけど、情けない話完全にかたまってんねん。がっちがちや。全然体うごかへん。動かさなとは思うけどな、どんだけやってもうごかへん。で、数だけ数えてる。」

72秒(もしくは73秒)というのは決して短い時間ではない。そういう状況で1分と12秒(もしくは13秒)という時間は永遠にも等しかった。しかしそれは彼が実際にやってのけたみたいに数字化できる時間で当然のことながら永遠ではなかった。その約1分と少しの時間彼の全神経は数を数えることにむけられた。少なくとも彼はそう感じた。

「防御本能みたいなものかな?危機的状況を直視する精神的負担を減らすためというか。」

「そうかもしらん。でも全然防御出来ていないけどな。だって撃たれてるし。」と言って彼は笑った。

強盗たちは硬直した人間を前に威嚇のつもりで、当てる気はなかったのかもしれない。もしくは発砲すらするつもりもなかったのかもしれない。彼の左手を銃弾がつらぬいたとき、彼は背は低くはないけれどやはり痩せた男(銃を持ってない方)が面倒くさそうな様子で背の低い方をグーで小突いたのを見た。

「ほんでちんたら歩いて向こういって…いつの間にか消えてたわ。」

「痛かった?」

「無粋な質問やわ。痛いのなんの、もうこの世のものとは思われへん、って言えたらええのになとは思うな。」

痛いには違いなかった。しかし彼はその痛みに集中できなかった。痛みに集中できなかった。血を失いながら意識も遠のいていく中で彼は必至に数を数えていた。銃声が0だ。カウントはリセットされた。それから1,2,3,4,5,6,7,8…


数日後彼は意識を取り戻し、退院し、心配で駆けつけた母親とともに帰国した。
大学に戻り残りの単位をとり、スーツを買い就職活動をし、食品を扱う比較的大きな専門商社に就職した。
ただ数を数えるという行為は止めることが出来なかった。

「自分が今そのタバコに火つけて今ちょうど220秒。221,ハイ今222、って具合や。どうやあってるか?」

「わかるわけない。」

彼は永遠と数えていくことができたが、秒数を重ね続けていくことはできなかった。どこかでリセットボタンが押されることになる。誰によって?もちろん彼によって。彼の知らない彼によって。僕がライターをこすったのが(その時の)一番最近のリセットだった。何がそのボタンとなり得るのか、彼にはそれが分からなかったし、コントロールすることもできなかった。なんと言ってもボタンを押す人間を彼は知らないだから。しかしそれは、朝の起床時を除けば完全に外部の音に起因することが割に早い段階でわかった。ドアの閉まる音。レンジの音。誰かのくしゃみの音。規則的な革靴の足音がぴたりと止んだ瞬間の無音。彼はそれまでより周囲の音に対して敏感になった。敏感にならざるをえなかった。

「そういう生活を常人が耐えることができるなんて信じられないな。」

「まぁ気持ちはわかるけどそれなりに耐えれてるからな。よう分からんけど、たぶん絶対音感の人みたいなもんちゃう?」

「それはまた違うだろう。」

「どこが?」

どこが?
分からない。僕はその簡単な質問に答えることが出来なかった。その2つの違いが明確に分からなかったのだ。僕はあらゆる物事を基点として数を数えてしまう人間でもないし、絶対音感を持った人間でもない。それにしても後悔した。俺はなんてばかげたことを言ってしまったのだろう。僕は僕の常人性を呪った。同時に少なからず感謝した。

彼は心でも読めるのだろうか。まさか。でも僕に向かってこう言った。

「ところで自分に一つ聞いときたいんやけど、常人って人種がほんまにこの世にいるって信じてるん?」

僕はまた答えることが出来なかった。









※追記

彼と出会ったとき僕は僕で個人的な問題の渦中にあり、今となってはこの記憶も不確かに思えるときがある。
というのもその1週間程前に僕は大量の睡眠薬を飲まされ、2日間意識を失い、眼が覚めてから4,5日は荒らされた胃のせいで食欲がわかず、混濁した意識に沈殿してしまう瞬間が日に何度か訪れた。それは言うまでもなく僕の人生において初めての経験だった。
だから彼との出会いは夢か、もしくは夢のようなものだったのではないかと思うことがある。
その一方確固たる形をもって彼と話した場面場面がよみがえることがある。
真っ先に思い出すのが彼の持ったグラスに書かれたアルファベットの羅列だ。EFESという地ビールの銘柄で、青文字で白く縁取られている。天井に無数に下がったランプ。一つとして同じ形はないがどれも丸みを帯びた逆三角形をしており出現すべき場所を間違えたつららのように見える。カウンターに座った白髪の老人と老人が吐き出すタバコの煙。僕がテーブルに置いたハイライトのパッケージ。聞きなれない国の聞きなれない言葉による笑い声と喧騒。
でも、どういうわけだか数を数え続けるという彼の顔は浮かんでこない。
彼は翌日少し南に行くのだと言い、そのバーをでてから僕たちは別れの挨拶をした。
もちろん二度と会うことはなかった。これからもないだろう。

本来、彼が話したこの「ちょっと癖の強い」話を信じる根拠も理由も僕には全くない、というのをここで断っておこう。
冷静に考えたら、彼の話をまともに信じ込む方がどうかしてる。それは認めざるを得ない。
にもかかわらず僕は彼の話に惹かれてしまうということを否定することは出来ない。

彼は言った。
「スイッチが入った瞬間が0。ほんでカウントが始まるのが1。だからその0から1にいく1秒間、そのたった1秒間に自分の生が一気に凝縮されてる気がする。特に眼が覚めたとき。眼が覚めた瞬間が0。眼を開けても開けなくても0。それで1秒後カウントがスタートする。その1秒が始まるのは恐い。ものすごい恐い。でもそこはカウントから開放されている唯一の時間でもあって、だからこそ何かしら触れがたい神聖性を持ってる、と感じてしまう。不安と安心、緊張と弛緩、苦痛と癒し、なんとでも言い換えることはできるけどな、希望と絶望ってのもくさいけど、まぁそうやからしゃあない。タコとイカってんのもいいな。実際なぜかタコとイカのことを考えることもある。なんでやろな?タコは不安の象徴か?イカが安心の象徴か?そんなん聞いたこともないやろ?こんなあほみたいなことが1秒間の世界で高速で俺の頭をつっきっていく。たった1秒やで。悲しい話俺はそこにしか生きている実感みたいなのを抱くことが出来ないでいる。」


こないだはバッチリ有給とって京都を満喫してきた。
初めて清水の胎内巡りという、ジェットコースターの5000倍はスリリングなアトラクションを100円で体験してきたわけだけど、完全な暗闇というのは完全な絶望に似ているのではないか、なんて思ったりする。

ところで、
「この世に『完全な絶望』というのはない」
という台詞を思い出した。
新井英樹「ザ・ワールド・イズ・マイン」という漫画での話。

絶望の果てに希望を見つけたろう
くるり 「ワールズエンド・スーパーノヴァ」


新京極の日本一安いと噂のネットカフェ(なんと12時間1200円)「フジヤマカフェ」で一夜を過ごすも、リクライニングではほとんど起きてしまうから、新井英樹の「キーチ」を読む。
まだ完結はしていないけど、全巻一気に読んでしまった。
この人は、日常の、ありふれたとも言える、村上春樹的に言えば匿名的暴力の描写が鋭い。グサグサ刺さる。そういうところがすごく好きなんだと思う。



キーチ!! (1) (ビッグコミックス)キーチ!! (1) (ビッグコミックス)
(2002/01)
新井 英樹

商品詳細を見る



お盆に四国を青春18切符で回っていた僕は、最終日16日の朝7時に高知を出て、そのまま名古屋に帰るつもりだったが、神戸あたりを過ぎるころ京都の友人に連絡し、少しでも会えないだろうかとメールを打つと他に予定があるとのことだったので、そのまま米原まで新快速を降りることもないはずだったのだけれど、「京都、京都です。」という女性的機械アナウンスが流れると、半分眠っていた僕は荷物棚に乗せていたバックパックを肩に掛け「危ない危ない、乗り過ごすところだった」感を出しながらホームに降りた。
降りてしまっていた、と言う方がしっくり来るかもしれない。



間違いなく今、人生におけるかなり悪い時期がきていて、何もかもがうまくいかない。
どうしたもんかな。
仕事があるだけまし、俺に比べりゃまだまし、という人もいるだろうけど、そんなもん他人と比べようもない。だってその陰鬱パワーは1gにつき○○ナンチャラの毒があり、致死量は△△グラムになる、のような青酸カリ致死量的指標は当てはまりようもないから。良くも悪くも毒は僕が作り出したもので、僕にだけ向けられているものだから。

それで頭の中がぐるぐるとおかしくなりそうだったから、何も考えずにずっと火を見ていたくなって、前の日曜日に焚火ができる場所を探しに原付に股がり3時間近くひたすらと非都会を目指した。

ただ、結果から言うと焚火はできなかった。
当然のことだけど、どの森もどの林もそれは個人か行政の保有物であって、それだけならまだしも、どこにだって人がいた。誰もいないところでひっそりとやりたいのに。

途中矢田川という川を見つけて流れに逆らって上流を目指していたら、予想した通り民家は段々少なくなって木々に囲まれた小川が春の陽光を反射しているような理想的な焚火ポイントをいくつも発見したけど、そこは健康優良高齢者のハイキングウォーキングコースになってて、とても火をおこせる雰囲気じゃなかった。

その山道の中に一軒のギャラリー兼喫茶店のようなお店があって、珈琲(400円)を頼むとお好み焼きが一緒についてきたからそれを昼飯代わりに食べながら「さて、どうしたもんかな」と思っていたら登山姿のおじいちゃんおばあちゃんが7人くらい入ってきた。すると、その店の女主人は、この土地(愛知県瀬戸市)が武田信玄にまつわるとても重要な地で、皇室の本当の起源がここにあり、邪馬台国はかつてここにあって、源氏物語もここを舞台に書かれた、なんたって源氏も平家もここの出だから云々という講義を昔の地図やwikipediaのコピー(!)やら自著(すごいね)を持ち出して始めだした。ちゃちゃを入れたいとも少し思ったけど、あまりにブッ飛びすぎていたから唯黙って(時には愛想だけの相づちをして)聞いていたけど、あまり嫌な気分はしなかった。現実離れしすぎていたからかもしれない。図らずも不思議な時間を過ごすことになった。いいね、狂えてて。うらやましい。

2時になるとお会計を済まし(飲食代は賽銭箱に入れるシステムになっている。それが信玄公への供養になるのだ)外に出ると、4,5軒しか家のない山野の集落に春の初めの優しく温かな光が注いでいて、僕は素直にそれを美しいと思えたし、胸のわだかまりも幾分和らいでいたから、焚火は帰り道でいいポイントがあればそこですることにして、積極的に探すのはもう止めておこうという気持ちになった。
でも、15分も走れば幹線道路と巨大スーパーが見えてきて徐々に建物の背は高くなっていった。つまり、焚火は絶望的となった。

初めから分かっていたけど、何も考えない、というのは土台無理な話なんだろう。
こう言っちゃ元も子もないけど、そもそも焚火云々の前にね。
でもなんか期待してしまった。あと、純粋に火が見たかった。

「純粋に火が見たいんです」と言うと、かの信玄公を信奉する女主人に「あなたは昔密教の護摩師だったんじゃないの?」と言われた。それもいいな、と思ったから「そうだったらいいですね。」と言ったら、女主人は唐突に小さい頃京都に旅行したときの話をおしえてくれた。京都行きの電車の中で彼女は見渡す限り蓮の花一面の風景を見てひどく感動し、その風景が今でもそのまま彼女の頭に貼り付いてしまっているらしい。「どの辺でしょう?」と聞くと、当時まだ小さくてどこだったかもわからないそうだ。「多分今ではなくなっているわよ。」と女主人。僕は黙って頷いておく。名古屋~京都間は何度も行き来してるけど蓮の花なんて一度も見たことがなかった。
「それともう一つ」と女主人は続けた。「戦後のごたごたの名残がまだある京都で親戚の叔母さんがあんぱんを買ってきてくれたの。もちろんあんぱんなんて見るのは初めてだし、何よりそれが本当においしかったの。」



| HOME | Next

Design by mi104c.
Copyright © 2020 ワルマネット2, All rights reserved.